2008年 07月 12日
芥川賞候補作を全部読んでみた |
選考委員/池澤夏樹・石原慎太郎・小川洋子・川上弘美・黒井千次・高樹のぶ子・宮本輝・村上龍・山田詠美
木村紅美『月食の日』が特に優れているように思う。盲目の男性と彼の周囲にいる人々の話。そこでは、なにかある物をその物以外によって説明する。例えば絵画について。例えば月食について。ある物をそのもの以外で表す、という行為は「ことば」の機能に象徴的にあらわれている。前にも書いたように、「林檎」は「林檎そのもの」とは違うし、「青い」という言葉は青くない。そういう意味で、『月食の日』は「ことば」について書いた小説(=ことば)であり、メタフィクションであると読んだ。
津村記久子の『婚礼、葬礼、その他』も思っていたよりいい作品だった。下敷きは恐らくルイス・ブニュエル監督の『ブルジョワジーの密かな愉しみ』。たぶんそうだろうと読み進めると、本当に途中でケータイのカメラ機能で撮影が始まり、不覚にも笑ってしまう。
羽田圭介の『走ル』はがっかりするほど駄作。なんとなく思い立って自転車で北へ北へ走る高校生。羽田の筆致には「時速40km」と書けば、それだけで「時速40km」で走る情景が描けるとでも思っているような乱暴さを感じた。文学の言葉は、事物を記述する以上の何かであるはずだ。せめて、体言止めを多用するなりして、文体を自転車のスピードに追いつかせるような工夫はできなかったのだろうか。まぁ、それで面白くなるような作品とは到底思えはしないが。
メッタ斬りでも触れられている通り、文壇政治的には楊逸『時が滲む朝』でほぼ決まりらしい。文壇政治に抗うほどのレベルの傑作があるわけでもなく、今回はひどく退屈だ。
by sound-and-vision
| 2008-07-12 14:33